かなうた1.0

#053_わたし
かなうた1.0 · 2026/05/20
将棋は決断のゲーム。一つの局面で、二つの手を同時に指すことはできない。一つを選択するということは、他の可能性を捨てるということ。決めることは、すなわち捨てることでもある。思えば誰もが、進学や就職、結婚をそのようにして決めている。過日、某女流棋士が、対局と出産を両立させてほしいと所属団体に申し入れた。いや、一手しか指せないでしょう。(2026/03)

#052_いろは
かなうた1.0 · 2026/03/20
本家のいろは歌に準じた、現代における私らしいオリジナルの創作を思いついた。「いろは」から始める。今様歌とする。私なりの「諸行無常」を詠みたかった。いろはの「色」とは、色即是空の「色」、すなわち万物ととらえるべきだろう。しかし、やはりと言うべきか、色恋へと向かってしまう。不面目な生涯を恥じる悔恨の歌かもしれない。(2026/02)

#051_むせひ
かなうた1.0 · 2026/01/20
2026年の年賀いろは歌。今年もいそいそと初詣へ。賽銭を入れ、手を合わせても、これと言って願うこともない。近年その思いを一層強くする。ただただ身の回りの無事と、世の中の平安を祈るばかりだった。社会情勢はまさに予測不能。個人的にもハードな一年となりそうだ。どう転んでも、それも一局。まさに「人間万事塞翁が馬」だろう。(2026/01)

#050_あつい
かなうた1.0 · 2025/11/20
矢倉は相居飛車の四大戦法の一つ。重厚な押し引きをともなうことから、「将棋の純文学」とも称される。私の棋風は軽薄そのもので、そうした定跡形はなるべく避けることにしている。がっぷり四つからの力比べ。盤面全体で戦いが起こり、終盤は猛烈な攻め合い、寄せ合いとなる。端攻めや玉頭攻めなど、さまざまな手筋を駆使して堅陣を崩していく。(2025/08)

#049_しふん
かなうた1.0 · 2025/09/20
○○ファースト。国家(やその元首)から個人に至るまで、昨今の世相はエゴイズムで満ち溢れている。自分さえよければいい。人のことなどお構いなし。文明は進化しても、人の心は退化し貧しさを増している。アンガーマネジメント。「キレるおじさん」にならないための嗜みだろう。私は短気で、怒りの沸点はかなり低い。よくよく自戒せねば。(2025/08)

#048_ひまわ
かなうた1.0 · 2025/07/20
某所のひまわりまつりに出掛けた。背の丈をはるかに超える何十万本のひまわりが、日の射す一方を向き、風に揺れるさまは圧巻で、いささかの恐怖さえ覚えるほどだった。とは言え、凛と咲く一輪のひまわりはとても可憐で愛らしい。ゴッホやモネに名画がある。昭和に「ひまわり娘」という佳曲があった。そんな一途な恋心をモチーフに詠んでみた。(2025/07)

#047_あなく
かなうた1.0 · 2025/05/20
穴熊は、将棋の囲い及び戦法の一つ。玉を盤面の隅に囲い、金銀を連結させるため、とても堅い。戦場から遠い上、そのままの形では王手が掛からない(絶対に詰まない)。こうした特長から、終盤、自陣を気にせずに攻めることができる。大駒を捨てるなど、大胆な指し手も成立しやすく、多少無理気味でも、食いついて攻めが途切れさえしなければいい。(2025/05)

#046_よたり
かなうた1.0 · 2025/03/20
麻雀には人柄が色濃く出る。眉を吊り上げてする遊びでもなかろう。相手の振る舞いやふとしたやり取りでストレスを増やすことも。私にとって麻雀はあくまでも息抜き。博才のなさは端から知っている。せっかくのツキをここで使うのも憚られる。勝っても負けても、終われば腰の痛みと虚しさに襲われる。見て楽しむくらいがいいのかも。(2025/03)

#045_しから
かなうた1.0 · 2025/01/20
2025年の年賀いろは歌。昨秋から断捨離の3カ年計画をスタートした。人・物・情報・ぜい肉…。持たざることを喜びとしよう。(お金は例外)。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。しがらみや惰性のつながりや行いを断とう。世間体を気にしてはならない。すべては心の問題と腹をくくろう。とは言え、気の置けないときめきの時間は大切にしたい。(2024/12)

#044_かちに
かなうた1.0 · 2024/11/20
私は仲間内では「受け将棋」で通っている。自分が自分がという気持ちになれないのは性格だろう。万事思い通りにはならないとのあきらめも。勝ち負けにはさほどこだわりがない。一局の将棋を通じて個性や創造性を発揮し、自己を表現したいという思いが強い。もとより人まねが嫌いな天の邪鬼。盤上に夢を求め、美意識に殉じるロマン派なのだ。(2024/11)

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